久々に『夢想と薔薇の日々』リバイバル!の時間でぇす٩(๑´罒`๑)۶
この連載、わたし的には“フタ”をしてたんです。
振り返りたくなかったの。
でも、なんか知らんけど頻繁に人気記事にランクインするので、かなりの勇気を出して「総集編」に踏み切った次第です。
後記は、当時のものと、今改めてのものと、ふたつまとめて後ほど載せますね。
まずはとにかく、本編をどうぞ🔜
<・*・TABOO・*・時々・*・蜂蜜檸檬・*・>
−総集編−
『夢想と薔薇の日々(Days of Rêverie and Roses)』は、あくまでもフィクションであり、実在する人物や事件とは一切無関係です。「夢想」は個人が有する自由な権利ですが、現実は現実としてきちんと区別なさったうえでお読みください。くれぐれも混同されないよう、よろしくお願いいたします。尚、当ブログ内の文章や作品の、無断転載・引用・コピーを固くお断りいたします。
何かの気配で目が覚めた。
ヨシキだ。
向こう側に腰かけて、声を押し殺してはいるけど、泣いているのに間違いはなかった。
そっと呼んでみる。
…ヨシキ?どうした?
彼が驚いて体をビクッと震わせたのがわかった。
それから彼は背中を見せたまま答えた。
「ごめ…なん…でもな…」
───何でもないのに夜中に独りで泣くかよ。
声や鼻のすすり方から察して、もうかなり長く泣いたあとで。
…ヨシキ、何だかわかんないけど…おいで。
「だいじょ…ぶ、ほんと、なんも…ない…」
ヨシキの隣に座って、無意識に彼の背中を抱いた瞬間だった。
ヨシキが俺の腕を跳ね退けた。
「だめっ、触んないで!」
…え?
俺の方が動揺する。
「だめなんだ。おれもう、汚 れてるからだめなの!…だから触んないで…トシまで…汚したくない」
…汚れてるって。どうゆう意味?
ヨシキが「そんなん喋りたくないよ」って言うから。
俺には何もできないことなの?って聞いた。
「できない。別れるしかない。もう一生トシに会えないとこに行く」
…ヨシキ。
話がちっとも飲み込めなかった。
「それか、もしほんとにおれのこと大切なら…トシ、おれのこと殺してよ。もうそれしか手がないよ」
俺は黙って聞いているしかなかった。
だって。
余りに非現実的なことばっかりじゃん。
別れるとか殺せとか…。
頭の中がクラッシュしそう。
俺は小さく咳ばらいをしてからヨシキに尋ねた。
…ヨシキ。ひょっとして…今、俺といるのつらい?
震える声でヨシキが言った。
「つら…い…死にたい。でも…いちばん、ほんとは、トシと一緒に、死にたい…」
俺は茫然とした。
…それでも理由は話せないの?
「だってそれ話したらおれ全部終わりだもん。自滅。それだったら、トシが好きなヨシキのままで別れたい…から」
ちょっとムッと来て、俺は語気を強めてヨシキを遮る。
…別れる別れるって言うけど。別れないよ、俺は。
「だって嫌いになるもん絶対。ここに来てからの…いちばんの約束事を、おれ破ったんだ。だから…もうトシといる資格ない、トシのこと好きでいる資格ない」
…うーん。
考えあぐねていた。どうしたものか。
ひとつ気にかかったことがあった。
ヨシキの声が、ときどき掠れるのだ。
喋りづらそうだな。
かわいそうに、いっぱい泣いたんだろう。
俺は、ヨシキにちょっと待ってねと言い残して階段を降りた。
体には一切触れないように。
台所でお湯を沸かし、レモンとはちみつを用意して、飲むはちみつレモンをつくった。
ヨシキのマグカップさえもがこんなに愛しいのに、別れるなんて嘘だろ…。
二階の寝室に行くと、ヨシキはまだすすり泣いていた。
…ヨシキ、これ飲みな?最後の命令になるかもだよ。
ヨシキは、マグカップを震える手で受け取って少し口を付けると、「熱い…」って言った。
俺はベッドの、ヨシキからやや離れたところに腰掛けて、キッチンで思い浮かんだ条件を、ヨシキに伝えることにした。
…ヨシキ、もしヨシキが泣いてる事情を話してくれるなら、さよならはしない。絶対に。
…けど本っっ当に話す気がないんだったら、ここを出ていけ。俺に本当のことを話せない人間とは、一緒に暮らせないから。
長い沈黙のあと、ヨシキが口を開いた。
「…わかった…うん…わかった……トシ、あのね…聞いてくれるの…?」
そのワンフレーズだけで、ヨシキの目から大粒の涙がぽたぽた流れ落ちた。
…聞くよ、時間はあるし。他に相手が誰かいるわけじゃなし。
「うん。あのさ。」
「ここに来て、それから、しばらくあって…気持ち伝え合ったあと、そのとき、かな、トシが仕事の話して。…言ったじゃん?仕事は仕事だから、どんなことがあっても割り切って考えろって…」
…うん、言ったね。ヨシキよく頑張ってるなと思うよ。
「あはは。やっぱりおれ、ばか。その…頑張らなきゃいけないことがね、…できなくなっちゃった。…今日…新宿行ってて…」
…新宿?
「うん。で、広告塔にバーンて、トシの、……キスシーンが出てて。トシがさ、かーっこいいんだよね、ふふ、くやしい。今まではどんな女と一緒のポスターだろうと雑誌だろうと、どうにか我慢できたんだけど」
そういう話か。やっと少し飲み込めたかも。
「その女に…おれ嫉妬しまくっちゃって。もう何が何だかわかんなくなって。帰りの中央線に、飛び込むことまで考えたんだけど…トシの『割り切れ』がずーっとずーっと頭にあって…飛び込めないまんま…帰ってきた。」
「ね、おれ、ばかじゃんね?マジで…墓穴掘ってるよね。なんかすんごい惨めじゃね?手も足も出ないっつーか、ただの頭の悪い女みてぇ」
ヨシキは肩で息をしていた。
…ヨシキ。
ヨシキの話は続いた。
「そういう気持ちを持っちゃうのって…トシの信頼を裏切ってるでしょ。あんなに自分で誓ったのに。情けなくて自分が嫌いで」
「……だから、もうトシのそばにいれないよ…ごめんなさい。割り切れって言われてもあんなの…おれ無理だから…、だから、こんな心狭いヤツに触らないで。トシまで汚したくない」
そう言うと、ヨシキはまた激しく泣いた。
どうしたらいいのか、途方に暮れた。ヨシキが見たのがどのパネルかは見当がついたけど、もうそのキスシーンを撮った相手の名前も、顔すら忘れていたし。
───嫉妬…ジェラシー…か。
…ヨシキ。悪いのはヨシキじゃないよ…ヨシキが汚れてるなんて考える必要もない。確かにあれに嫉妬されても困る、ほんとに困るんだ。ああいうのって仕事、っていう感覚しかないんだよ。
「だから!だからこそじゃん。仕事って約束してるのに、承知してるのに、妬くのがもう失格なんじゃん。一目見ただけであの女、ぶっ殺したくなったよ!」
…ヨシキ、それは。それは普通だよ。少しも汚れてなんかない…今までが頑張りすぎだったんだよ。
「けど約束は約束でしょ、それ破ったんだよ」
…ねえヨシキ。もうわかったから…抱っこしていい?ヨシキに触れたくてどうしようもない。
「だめだったら!ふたり揃って地獄行きなんて冗談じゃない」
俺は一呼吸置いて、ゆっくり話した。自信は、なかったけれど。
…ヨシキ。もし俺がヨシキに手を差し延べるだけ、ヨシキを抱きとめるだけで、ふたりとも地獄に堕ちるなら、俺、それは本望だよ。天国だろうと地獄だろうと、ヨシキがいる場所が俺の場所。ヨシキのために俺は生きてるんだし、ヨシキがいるから俺も生きてられる。ヨシキがいなかったら…世界の何もかも、全てが無意味。だから。別れるとか、死ぬとか…言わないで。この場所で一緒に…生きていってほしい。
これが、言えたことの全部で。
マグカップを両手で抱えてじーっと黙って聞いていたヨシキが、しばらくして空を仰ぐと、ぽつーんと言った。
「…トシ…それ、殺し文句じゃん」
それから
「ほんと、おれ不様…あはは、ばっかみたい。」
って言って自嘲気味に笑った。
「トシ、おれそれ、本気にしちゃうかもよ。自惚れやさんだから」
ヨシキのバカ。
ほんっとーに、バーカ。
…していーんだよ。していいの、本気で言ってるんだから。
「…まさかでしょ」
…まさかじゃないよ。本当だよ。俺の、素直な気持ち。
「ほんとにおれのこと汚れてるって思わないの?」
…思うわけないじゃんよ、変なヨシキ。
隣に座り直して。
ヨシキを、静かに抱き寄せる。
ヨシキはおどおどしながら寄り添ってきたけど、すぐに全身を預けてくれた。
そして腕の中でまた少しだけ、泣いた。
ああ。
なんだか、一山、超えられたのかなぁって気がした。
体のラインを確かめるみたいに、ヨシキの体をずーっと撫でていた。
バスローブを通して伝わってくる、優しい、体温。
すごく、懐かしい。
…ヨシキ?汚れてる汚れてるって言うけど、そんなこと絶対ないんだから。嫉妬なんて誰だってするもんだし。あれは仕事だから…そりゃヨシキには悪いと思うよ?ヨシキには見せたくないなぁって思うよ?でも仕方ないよなぁっていうのもある。どうしたらいいんだろうね?俺もわかんなくなった。仕事、やめよっかな。
「ううん!そんなのだめだよ!!おれ…ごめん。今日はちょっと…ショックすぎて…なんかおかしくなっちゃった」
…うん、そうだね。でも気持ちは…わかるよ。わかるから。もう、心配すんな。それよりヨシキさ。気になってるんだけど、ノド。やられてるみたいだからはちみつ、あったかいうちに飲みなよ。
「あ…ごめん!え、それ、命令なんだっけ」
…まあ、そう、命令(笑)。
「そうなんだ」ってふたり初めて、微笑い合って。俺は安心でほっとしてドキドキして、泣きそうだった。
半分くらい飲んでからだろうか。
「とし~、このはちみつレモンすっぱいよ…」
ヨシキがさっきより少しだけ明るい声で訴えてきて。
…マジで?レモン入れすぎかなあ。
って、そんなヨシキにさえ喜びを感じてしまう俺がいて。
「ん〜ん、いい。おいし」
…これがホントの“初恋の味”だぜぇ。
「そ〜なのぉ…?これぇ?ふふ/////」
…やっばりヨシキは笑ってるときのがかわいーよ。
ヨシキの額を小突く。
…ヨシキ、またさー、今日みたいなことがあったら、だけど。中央線に飛び込む前に、だぞ!このはちみつレモン思い出すの。いい?んで『初恋は叶った』『初恋は叶った』『初恋は叶った』って3回言ってみ。ヨシキこの前言ってたじゃん、『初恋は叶わないっていうの嘘だってわかった』って。俺もそうなんだからさ。
…だからね、そしたら…俺が世界で誰よりも愛してるのはヨシキだって、必ず思い出せるよ。
「…う、うん…うん…わかった、やってみる/////」
ヨシキは大真面目に答えて、すっぱい(らしい)はちみつレモンを、俺の腕のなかで一生懸命飲んでいた。
…もっと飲む?
「うん!…あ、とし、今度はもうちょっと甘くして」
申し訳なさそうに頼むヨシキが。
すごく、すごく、かわいくて。
真夜中のキッチンで。
はちみつを熱湯で溶きながら。
レモンを半分だけ搾りながら。
さまざまなことを考える。
さまざまったってヨシキのことに限られてはいるけれど。
彼に説教しながら自分でこんなことを言うのも情けないけど、俺は祈るような気持ちでいた。
ヨシキがこれから先、このはちみつレモンを思い出す必要なんて、当分ないように、って。
今日この夜更けに話した事ごとが、俺とヨシキの…ふたりの絆をずっとずっと強くしたって思いたかった。
再び、トレーにはちみつレモンをのせて階段を登る。
…できたよ、レモン少なめ、はちみつたっぷりだよ。
「わぁ~、ありがとう」
…熱いから、気をつけて。
ヨシキはカップにそっと口を付けて、今度も小さい声で「熱い…」って言った。
…ふふ、ゆっくり飲みな。
「うん」
…ふうふうってしなよ?
「うん…♪」
なんかなぁ、こういうヨシキを見ているのがほんとにほんとに、自分の幸せで。
───ねえ、ヨシキ。
心のなかで話しかける。
これからもまた。
嫉妬だのジェラシーだのより、もっと困難な感情の嵐が。
いっぱいいっぱい、襲ってくるかもしれないけれど。
だいじょうぶ。
恐いことなんて、ひとつもない。
泣きたいときは声をあげて泣けばいい。
助けて、って、まず俺を呼んでよ。
キミを、俺が強く、強く、抱きしめるから。
だからあんなふうに、ひとりでさみしく泣かなくて、いいんだよ。
いつも。
いつもキミのそばに、いるよ。忘れないで。
《END》
連載を終えて Jun. 11, 2012
こんにちは。
<・*・TABOO・*・時々・*・蜂蜜檸檬・*・>が終わって、胸を撫で下ろしています…佐野です。
難産だったかと聞かれれば、そうでもない。
けど成功したかというと、これがサッパリ。
最大のミステイクは「タブー」=「嫉妬(ジェラシー)」という説明を明確にしなかった点。
ヨシキのなかで、トシの仕事に絡んでくる男や女の関係の部分に嫉妬することが、タブーだったと。
そういうことなんですけれど。
たった今理解されました…?やっぱり?(苦笑)
この物語は、実在するXの「WEEKEND」、アルバム『Jealousy』及び『ART OF LIFE』にかなりインスパイアされています。
『Jealousy』のテーマを改めて考えるうちに生まれたストーリーが<・*・TABOO・*・時々・*・蜂蜜檸檬・*・>なのです。
『夢想と薔薇の日々o』のヨシキ(≠実在のYOSHIKI兄ちゃん)っていうのは、何やってんだか不明瞭で(まあ、トシもそうだけど)、“夢の中にだけ生きて”いる存在です。
これは設定というよりはむしろ、瑞希が今まで夢想してきたヨシキ像だから仕方ない。
『夢想と薔薇の日々o』自体が、瑞希の夢想からこぼれ落ちるものをカタチにしているだけだから、敢えて新しくセッティングするのは避けています。
そんなヨシキの、トシを想う、トシに想われる、その関係性だけを主題にしたとき、自分が嫉妬の嵐の中にいるという苦しみの表現または考え得る末路として、やっぱり自然に、第1話の「もしほんとにおれのこと大切なら…トシ、おれのこと殺してよ」が出てきました。
それから、第2話かな、「死にたい。でも…いちばん、ほんとは、トシと一緒に、死にたい…」もそうですね。しごく当然というか。
なんか現在、頭を理屈が走りまくって、「究極の愛とは?」に行ってます。
このふたり(トシとヨシキ)に関しては瑞希的には答えが出ていますが。
かなり上記のヨシキの台詞に近いです。
ちょっと…もうやめます。どんどん説明的になってしまう。
ストーリーや主人公たちの感情だけ、少しでも楽しんで頂ければ何も必要ないです。
さて、スケジュールが押せ押せなので、明日も恐らくショートショートを。
予定というものが立たないので、走り切って倒れたら終わりにしようと思います。
1週間、お付き合い頂き、本当にありがとうございました
m__m
佐野瑞希o
リバイバル化にあたって Apr. 8, 2021
全7話で連載してから、もう10年近くの年月がたつことに、ただただ驚きます。
それだけ昔の話だってことにね。
恐らく、連載を終えたあとは、ほぼ見ることもなく過ごしてきたんじゃないかな。
なんかドロドロして暗い話、っていうイメージが強くあって、読み返すのイヤだったんですよね。
今読んでみて、まず「これは今は書けないな」と思いました。
いやぁ、よく書いたなって。
テーマが、どストレートに据えられてますよね〜。
青くさいんだけど、コアです。
ふたりが、一度は通り抜けなくてはならなかった主題です。
これがあったからこそ、後に、嫉妬が表面化しても大丈夫なふたりになった。
だけど、現在のわたしにはこういう形では書けないと思う。
仮に書こうとしても、もっとたぶん、回りくどく装飾的になっちゃうと思う。
今、<・*・TABOO・*・時々・*・蜂蜜檸檬・*・>を読んで、思ったほど恥ずかしくないのは、テーマがしっかり際立っていて、そこに向かって直球投げてるからじゃないかと思います。
伝えたいことが、明確にあったから。
「伝えなくてはならないことがある」というのは、すごく幸せなことだと思います。
当時の後コメントで、「難産ではなかった」と書いているけど、それも、ゴールがきっちり見えていたからだと思う。
こう書いてくると、じゃあ現在のふたりはそういう状況じゃないんだな、っていうのが見えちゃうから、それはそれでつらいんだけど(((^^;)
総じて言うと、失敗作ではなくて、それなりに力作。
青春の1ページ的な。
いまだに人気記事に上がってくる理由が、今回のリバイバルでちょっとわかったような気がしました。
惜しむらくは、会話がね。
ひとつの「」内とか、モノローグとかが、長すぎるでしょ。
最後もトシの長〜いモノローグだからね。
さすがに、エディター目線で見ると「ヘタだな!」って。・゚・(ノ∀`)・゚・。
さて、長々とお付き合いいただきましたが、そろそろ終わりにしたいと思います。
これからも、一気に読みたいときはリバイバルで、チョコっと読みしたいときはオリジナルで、楽しんでいただけたらうれしいです(◍′◡‵◍)
どうもありがとうございました。
佐野瑞希o 拝
ヨシキ!ガンバれよ〜!🌹·˖✶
この連載、わたし的には“フタ”をしてたんです。
振り返りたくなかったの。
でも、なんか知らんけど頻繁に人気記事にランクインするので、かなりの勇気を出して「総集編」に踏み切った次第です。
後記は、当時のものと、今改めてのものと、ふたつまとめて後ほど載せますね。
まずはとにかく、本編をどうぞ🔜
<・*・TABOO・*・時々・*・蜂蜜檸檬・*・>
−総集編−
『夢想と薔薇の日々(Days of Rêverie and Roses)』は、あくまでもフィクションであり、実在する人物や事件とは一切無関係です。「夢想」は個人が有する自由な権利ですが、現実は現実としてきちんと区別なさったうえでお読みください。くれぐれも混同されないよう、よろしくお願いいたします。尚、当ブログ内の文章や作品の、無断転載・引用・コピーを固くお断りいたします。
何かの気配で目が覚めた。
ヨシキだ。
向こう側に腰かけて、声を押し殺してはいるけど、泣いているのに間違いはなかった。
そっと呼んでみる。
…ヨシキ?どうした?
彼が驚いて体をビクッと震わせたのがわかった。
それから彼は背中を見せたまま答えた。
「ごめ…なん…でもな…」
───何でもないのに夜中に独りで泣くかよ。
声や鼻のすすり方から察して、もうかなり長く泣いたあとで。
…ヨシキ、何だかわかんないけど…おいで。
「だいじょ…ぶ、ほんと、なんも…ない…」
ヨシキの隣に座って、無意識に彼の背中を抱いた瞬間だった。
ヨシキが俺の腕を跳ね退けた。
「だめっ、触んないで!」
…え?
俺の方が動揺する。
「だめなんだ。おれもう、
…汚れてるって。どうゆう意味?
ヨシキが「そんなん喋りたくないよ」って言うから。
俺には何もできないことなの?って聞いた。
「できない。別れるしかない。もう一生トシに会えないとこに行く」
…ヨシキ。
話がちっとも飲み込めなかった。
「それか、もしほんとにおれのこと大切なら…トシ、おれのこと殺してよ。もうそれしか手がないよ」
俺は黙って聞いているしかなかった。
だって。
余りに非現実的なことばっかりじゃん。
別れるとか殺せとか…。
頭の中がクラッシュしそう。
俺は小さく咳ばらいをしてからヨシキに尋ねた。
…ヨシキ。ひょっとして…今、俺といるのつらい?
震える声でヨシキが言った。
「つら…い…死にたい。でも…いちばん、ほんとは、トシと一緒に、死にたい…」
俺は茫然とした。
…それでも理由は話せないの?
「だってそれ話したらおれ全部終わりだもん。自滅。それだったら、トシが好きなヨシキのままで別れたい…から」
ちょっとムッと来て、俺は語気を強めてヨシキを遮る。
…別れる別れるって言うけど。別れないよ、俺は。
「だって嫌いになるもん絶対。ここに来てからの…いちばんの約束事を、おれ破ったんだ。だから…もうトシといる資格ない、トシのこと好きでいる資格ない」
…うーん。
考えあぐねていた。どうしたものか。
ひとつ気にかかったことがあった。
ヨシキの声が、ときどき掠れるのだ。
喋りづらそうだな。
かわいそうに、いっぱい泣いたんだろう。
俺は、ヨシキにちょっと待ってねと言い残して階段を降りた。
体には一切触れないように。
台所でお湯を沸かし、レモンとはちみつを用意して、飲むはちみつレモンをつくった。
ヨシキのマグカップさえもがこんなに愛しいのに、別れるなんて嘘だろ…。
二階の寝室に行くと、ヨシキはまだすすり泣いていた。
…ヨシキ、これ飲みな?最後の命令になるかもだよ。
ヨシキは、マグカップを震える手で受け取って少し口を付けると、「熱い…」って言った。
俺はベッドの、ヨシキからやや離れたところに腰掛けて、キッチンで思い浮かんだ条件を、ヨシキに伝えることにした。
…ヨシキ、もしヨシキが泣いてる事情を話してくれるなら、さよならはしない。絶対に。
…けど本っっ当に話す気がないんだったら、ここを出ていけ。俺に本当のことを話せない人間とは、一緒に暮らせないから。
長い沈黙のあと、ヨシキが口を開いた。
「…わかった…うん…わかった……トシ、あのね…聞いてくれるの…?」
そのワンフレーズだけで、ヨシキの目から大粒の涙がぽたぽた流れ落ちた。
…聞くよ、時間はあるし。他に相手が誰かいるわけじゃなし。
「うん。あのさ。」
「ここに来て、それから、しばらくあって…気持ち伝え合ったあと、そのとき、かな、トシが仕事の話して。…言ったじゃん?仕事は仕事だから、どんなことがあっても割り切って考えろって…」
…うん、言ったね。ヨシキよく頑張ってるなと思うよ。
「あはは。やっぱりおれ、ばか。その…頑張らなきゃいけないことがね、…できなくなっちゃった。…今日…新宿行ってて…」
…新宿?
「うん。で、広告塔にバーンて、トシの、……キスシーンが出てて。トシがさ、かーっこいいんだよね、ふふ、くやしい。今まではどんな女と一緒のポスターだろうと雑誌だろうと、どうにか我慢できたんだけど」
そういう話か。やっと少し飲み込めたかも。
「その女に…おれ嫉妬しまくっちゃって。もう何が何だかわかんなくなって。帰りの中央線に、飛び込むことまで考えたんだけど…トシの『割り切れ』がずーっとずーっと頭にあって…飛び込めないまんま…帰ってきた。」
「ね、おれ、ばかじゃんね?マジで…墓穴掘ってるよね。なんかすんごい惨めじゃね?手も足も出ないっつーか、ただの頭の悪い女みてぇ」
ヨシキは肩で息をしていた。
…ヨシキ。
ヨシキの話は続いた。
「そういう気持ちを持っちゃうのって…トシの信頼を裏切ってるでしょ。あんなに自分で誓ったのに。情けなくて自分が嫌いで」
「……だから、もうトシのそばにいれないよ…ごめんなさい。割り切れって言われてもあんなの…おれ無理だから…、だから、こんな心狭いヤツに触らないで。トシまで汚したくない」
そう言うと、ヨシキはまた激しく泣いた。
どうしたらいいのか、途方に暮れた。ヨシキが見たのがどのパネルかは見当がついたけど、もうそのキスシーンを撮った相手の名前も、顔すら忘れていたし。
───嫉妬…ジェラシー…か。
…ヨシキ。悪いのはヨシキじゃないよ…ヨシキが汚れてるなんて考える必要もない。確かにあれに嫉妬されても困る、ほんとに困るんだ。ああいうのって仕事、っていう感覚しかないんだよ。
「だから!だからこそじゃん。仕事って約束してるのに、承知してるのに、妬くのがもう失格なんじゃん。一目見ただけであの女、ぶっ殺したくなったよ!」
…ヨシキ、それは。それは普通だよ。少しも汚れてなんかない…今までが頑張りすぎだったんだよ。
「けど約束は約束でしょ、それ破ったんだよ」
…ねえヨシキ。もうわかったから…抱っこしていい?ヨシキに触れたくてどうしようもない。
「だめだったら!ふたり揃って地獄行きなんて冗談じゃない」
俺は一呼吸置いて、ゆっくり話した。自信は、なかったけれど。
…ヨシキ。もし俺がヨシキに手を差し延べるだけ、ヨシキを抱きとめるだけで、ふたりとも地獄に堕ちるなら、俺、それは本望だよ。天国だろうと地獄だろうと、ヨシキがいる場所が俺の場所。ヨシキのために俺は生きてるんだし、ヨシキがいるから俺も生きてられる。ヨシキがいなかったら…世界の何もかも、全てが無意味。だから。別れるとか、死ぬとか…言わないで。この場所で一緒に…生きていってほしい。
これが、言えたことの全部で。
マグカップを両手で抱えてじーっと黙って聞いていたヨシキが、しばらくして空を仰ぐと、ぽつーんと言った。
「…トシ…それ、殺し文句じゃん」
それから
「ほんと、おれ不様…あはは、ばっかみたい。」
って言って自嘲気味に笑った。
「トシ、おれそれ、本気にしちゃうかもよ。自惚れやさんだから」
ヨシキのバカ。
ほんっとーに、バーカ。
…していーんだよ。していいの、本気で言ってるんだから。
「…まさかでしょ」
…まさかじゃないよ。本当だよ。俺の、素直な気持ち。
「ほんとにおれのこと汚れてるって思わないの?」
…思うわけないじゃんよ、変なヨシキ。
隣に座り直して。
ヨシキを、静かに抱き寄せる。
ヨシキはおどおどしながら寄り添ってきたけど、すぐに全身を預けてくれた。
そして腕の中でまた少しだけ、泣いた。
ああ。
なんだか、一山、超えられたのかなぁって気がした。
体のラインを確かめるみたいに、ヨシキの体をずーっと撫でていた。
バスローブを通して伝わってくる、優しい、体温。
すごく、懐かしい。
…ヨシキ?汚れてる汚れてるって言うけど、そんなこと絶対ないんだから。嫉妬なんて誰だってするもんだし。あれは仕事だから…そりゃヨシキには悪いと思うよ?ヨシキには見せたくないなぁって思うよ?でも仕方ないよなぁっていうのもある。どうしたらいいんだろうね?俺もわかんなくなった。仕事、やめよっかな。
「ううん!そんなのだめだよ!!おれ…ごめん。今日はちょっと…ショックすぎて…なんかおかしくなっちゃった」
…うん、そうだね。でも気持ちは…わかるよ。わかるから。もう、心配すんな。それよりヨシキさ。気になってるんだけど、ノド。やられてるみたいだからはちみつ、あったかいうちに飲みなよ。
「あ…ごめん!え、それ、命令なんだっけ」
…まあ、そう、命令(笑)。
「そうなんだ」ってふたり初めて、微笑い合って。俺は安心でほっとしてドキドキして、泣きそうだった。
半分くらい飲んでからだろうか。
「とし~、このはちみつレモンすっぱいよ…」
ヨシキがさっきより少しだけ明るい声で訴えてきて。
…マジで?レモン入れすぎかなあ。
って、そんなヨシキにさえ喜びを感じてしまう俺がいて。
「ん〜ん、いい。おいし」
…これがホントの“初恋の味”だぜぇ。
「そ〜なのぉ…?これぇ?ふふ/////」
…やっばりヨシキは笑ってるときのがかわいーよ。
ヨシキの額を小突く。
…ヨシキ、またさー、今日みたいなことがあったら、だけど。中央線に飛び込む前に、だぞ!このはちみつレモン思い出すの。いい?んで『初恋は叶った』『初恋は叶った』『初恋は叶った』って3回言ってみ。ヨシキこの前言ってたじゃん、『初恋は叶わないっていうの嘘だってわかった』って。俺もそうなんだからさ。
…だからね、そしたら…俺が世界で誰よりも愛してるのはヨシキだって、必ず思い出せるよ。
「…う、うん…うん…わかった、やってみる/////」
ヨシキは大真面目に答えて、すっぱい(らしい)はちみつレモンを、俺の腕のなかで一生懸命飲んでいた。
…もっと飲む?
「うん!…あ、とし、今度はもうちょっと甘くして」
申し訳なさそうに頼むヨシキが。
すごく、すごく、かわいくて。
真夜中のキッチンで。
はちみつを熱湯で溶きながら。
レモンを半分だけ搾りながら。
さまざまなことを考える。
さまざまったってヨシキのことに限られてはいるけれど。
彼に説教しながら自分でこんなことを言うのも情けないけど、俺は祈るような気持ちでいた。
ヨシキがこれから先、このはちみつレモンを思い出す必要なんて、当分ないように、って。
今日この夜更けに話した事ごとが、俺とヨシキの…ふたりの絆をずっとずっと強くしたって思いたかった。
再び、トレーにはちみつレモンをのせて階段を登る。
…できたよ、レモン少なめ、はちみつたっぷりだよ。
「わぁ~、ありがとう」
…熱いから、気をつけて。
ヨシキはカップにそっと口を付けて、今度も小さい声で「熱い…」って言った。
…ふふ、ゆっくり飲みな。
「うん」
…ふうふうってしなよ?
「うん…♪」
なんかなぁ、こういうヨシキを見ているのがほんとにほんとに、自分の幸せで。
───ねえ、ヨシキ。
心のなかで話しかける。
これからもまた。
嫉妬だのジェラシーだのより、もっと困難な感情の嵐が。
いっぱいいっぱい、襲ってくるかもしれないけれど。
だいじょうぶ。
恐いことなんて、ひとつもない。
泣きたいときは声をあげて泣けばいい。
助けて、って、まず俺を呼んでよ。
キミを、俺が強く、強く、抱きしめるから。
だからあんなふうに、ひとりでさみしく泣かなくて、いいんだよ。
いつも。
いつもキミのそばに、いるよ。忘れないで。
《END》
連載を終えて Jun. 11, 2012
こんにちは。
<・*・TABOO・*・時々・*・蜂蜜檸檬・*・>が終わって、胸を撫で下ろしています…佐野です。
難産だったかと聞かれれば、そうでもない。
けど成功したかというと、これがサッパリ。
最大のミステイクは「タブー」=「嫉妬(ジェラシー)」という説明を明確にしなかった点。
ヨシキのなかで、トシの仕事に絡んでくる男や女の関係の部分に嫉妬することが、タブーだったと。
そういうことなんですけれど。
たった今理解されました…?やっぱり?(苦笑)
この物語は、実在するXの「WEEKEND」、アルバム『Jealousy』及び『ART OF LIFE』にかなりインスパイアされています。
『Jealousy』のテーマを改めて考えるうちに生まれたストーリーが<・*・TABOO・*・時々・*・蜂蜜檸檬・*・>なのです。
『夢想と薔薇の日々o』のヨシキ(≠実在のYOSHIKI兄ちゃん)っていうのは、何やってんだか不明瞭で(まあ、トシもそうだけど)、“夢の中にだけ生きて”いる存在です。
これは設定というよりはむしろ、瑞希が今まで夢想してきたヨシキ像だから仕方ない。
『夢想と薔薇の日々o』自体が、瑞希の夢想からこぼれ落ちるものをカタチにしているだけだから、敢えて新しくセッティングするのは避けています。
そんなヨシキの、トシを想う、トシに想われる、その関係性だけを主題にしたとき、自分が嫉妬の嵐の中にいるという苦しみの表現または考え得る末路として、やっぱり自然に、第1話の「もしほんとにおれのこと大切なら…トシ、おれのこと殺してよ」が出てきました。
それから、第2話かな、「死にたい。でも…いちばん、ほんとは、トシと一緒に、死にたい…」もそうですね。しごく当然というか。
なんか現在、頭を理屈が走りまくって、「究極の愛とは?」に行ってます。
このふたり(トシとヨシキ)に関しては瑞希的には答えが出ていますが。
かなり上記のヨシキの台詞に近いです。
ちょっと…もうやめます。どんどん説明的になってしまう。
ストーリーや主人公たちの感情だけ、少しでも楽しんで頂ければ何も必要ないです。
さて、スケジュールが押せ押せなので、明日も恐らくショートショートを。
予定というものが立たないので、走り切って倒れたら終わりにしようと思います。
1週間、お付き合い頂き、本当にありがとうございました
m__m
佐野瑞希o
リバイバル化にあたって Apr. 8, 2021
全7話で連載してから、もう10年近くの年月がたつことに、ただただ驚きます。
それだけ昔の話だってことにね。
恐らく、連載を終えたあとは、ほぼ見ることもなく過ごしてきたんじゃないかな。
なんかドロドロして暗い話、っていうイメージが強くあって、読み返すのイヤだったんですよね。
今読んでみて、まず「これは今は書けないな」と思いました。
いやぁ、よく書いたなって。
テーマが、どストレートに据えられてますよね〜。
青くさいんだけど、コアです。
ふたりが、一度は通り抜けなくてはならなかった主題です。
これがあったからこそ、後に、嫉妬が表面化しても大丈夫なふたりになった。
だけど、現在のわたしにはこういう形では書けないと思う。
仮に書こうとしても、もっとたぶん、回りくどく装飾的になっちゃうと思う。
今、<・*・TABOO・*・時々・*・蜂蜜檸檬・*・>を読んで、思ったほど恥ずかしくないのは、テーマがしっかり際立っていて、そこに向かって直球投げてるからじゃないかと思います。
伝えたいことが、明確にあったから。
「伝えなくてはならないことがある」というのは、すごく幸せなことだと思います。
当時の後コメントで、「難産ではなかった」と書いているけど、それも、ゴールがきっちり見えていたからだと思う。
こう書いてくると、じゃあ現在のふたりはそういう状況じゃないんだな、っていうのが見えちゃうから、それはそれでつらいんだけど(((^^;)
総じて言うと、失敗作ではなくて、それなりに力作。
青春の1ページ的な。
いまだに人気記事に上がってくる理由が、今回のリバイバルでちょっとわかったような気がしました。
惜しむらくは、会話がね。
ひとつの「」内とか、モノローグとかが、長すぎるでしょ。
最後もトシの長〜いモノローグだからね。
さすがに、エディター目線で見ると「ヘタだな!」って。・゚・(ノ∀`)・゚・。
さて、長々とお付き合いいただきましたが、そろそろ終わりにしたいと思います。
これからも、一気に読みたいときはリバイバルで、チョコっと読みしたいときはオリジナルで、楽しんでいただけたらうれしいです(◍′◡‵◍)
どうもありがとうございました。
佐野瑞希o 拝
ヨシキ!ガンバれよ〜!🌹·˖✶