『夢想と薔薇の日々 (Days of Rêverie and Roses)』は、あくまでもフィクションであり、実在する人物や事件とは一切無関係です。「夢想」は個人が有する自由な権利ですが、現実は現実としてきちんと区別なさったうえでお読みください。くれぐれも混同されないよう、よろしくお願いいたします。尚、当ブログ内の文章や作品の、無断転載・引用・コピーを固くお断りいたします。

今週の火曜日に、人気記事の20位でランクインした👉🔗<クリーム・バブル・バス・ファンタジア>
翌日には7位までチャートを駆け上がり、現時点で3位という珍しい急浮上ぶりを見せています。

このお話には、そうなるだけの“力”があるんだろうなあと、今になってわたしは思います。
ふたりの紡ぐ世界は平和に満ち、無邪気さとお互いを思いやるやさしさにあふれています。
今朝は、「ただただふたりがかわいかった、ふたりが幸せでよかった」という内容のコメントもいただきました。
ありがとうございます。

こんな、可愛らしさ、純真さのど真ん中のような短編を、なぜわたしが過去のその時期に書けたのか。
または書いたのか。
これからお話しすることは、いただいたコメントへのリプライにもなると思うので、しばしお時間を頂戴して、背景をふり返ってみたいと思います。



一言で言ってしまうと、この<クリーム…>は、今もテーマとしては続いている<僕が彼に抱かれるとき>シリーズへの布石だったんです。
<僕/彼>の寸前が、<クリーム…>なんですよ。

「なんで!?」
「<クリーム…>と<僕/彼>の関係性って何?」
って、思われてしまうかもしれないけど。



当時、わたしの中には、この“ふたり”っていうのは、かわいくて何気なくいつも幸せ♥️みたいな世界ばっかりじゃないんだよ!!っていう気持ちが、とても強くありました。
そして、それをうまく書いたり表現したりできないことへの鬱憤 うっぷんが溜まってきていました。
もっとドロドロした部分を出していきたい、そういう思いが、抑え切れなくなっていた。
(当時もこのことは、まだまどろっこしく書きましたけど。)
ドロドロとかセクシュアルなのとかって、今でこそ全然平気になってしまって、そういう要素が入るのが当然、みたいになってしまっているでしょ(変態さんバンザ~イ笑)。
でもその当時はねぇ~、本当に勇気の要ることだったんです。
自分のドロドロの正体、もっと端的に言えば、わたしが持っていた“ふたりのセックス”というテーマを公にさらすことでしたから。

長いことタイミングを見ていて、決断、行き着いたのが<僕が彼に抱かれるとき>の構想だったわけですけれども。


ところが、<僕/彼>への意気込みと同時に、今までの、さりげない日常のしあわせの中で笑っていた“ふたり”に別れを告げるのが悲しくなってしまって。

そこに誕生すべく誕生したのが、<クリーム・バブル・バス・ファンタジア>だったんです。
最後(?)に、とにかく可愛くてしあわせで甘々なふたりを書いておこう、と思ったんです。
<僕/彼>からふり向いたら、もはや夢のような、対極にあるような、お話を書こうと思いました。

そのことが、ある意味で、読者の方々には証になるとも考えました。
ピュアな“わたし”の中にはこんなにドロドロが詰まっていたんだよ、という。
そこのギャップを作る必要があったんですね。
自分のためにも、読んでくださる人のためにも。

ひとつには、わたし、怯えていたんですね。
もう、これからは、ただただピュアで何気ない日常のしあわせなんて、描けなくなるかもしれない、って。

だから、言ってみれば、無難な関係のふたりを描いていた自分の最後のまとめという意味合いで書いたと思います。

一時代の幕引きですよね。

ともすれぱ、現実味を帯びないレベルまでメルヘンチックに仕上がっているのもそのせいかも…?


今まであまり光の当たらないお話でしたけど、今週、こんなふうにたくさん読んでいただけて、とてもうれしかったです。




ふり返って。

やっぱりこういうお話はもうできないかな~、って、思いますね。
どうなんだろう、わからないけど。

ちょっとさみしいですね。
頑張って書きたい…笑。



というわけで、懐かしい時代の大切な“ふたり”をめぐっての雑記でした。
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございましたm__m





東京は暴風がすごいよ~!🍃🌀
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ありがとうございました(*’ー’*)ノ"