ホワイトデーも過ぎてしまいましたが、最近リクエストが多いので、このお話。
後に、ここかしこで重要な役割を果たすこととなる「デューク」が初登場するエピソードです。
デュークについては、このお話の伏線になる作品も含めて、まだ後日リバイバルします。

なんでね、今まで わたしが この話から目を背けてきたかと言うと、わたしにしてみれば これ、思い入れがありすぎて、滑った、失敗した、と思っている節があるんですよね。
いまだに恥ずかしいです。
だから、この頃になってリクエストが多いっていうのが意外で意外で。
まあ作品は独り歩きしますから、それならってことで、出しますけどね。

リバイバルも久しぶりですし、お時間ありましたらお楽しみください。
よろしくお願いします。


夢想と薔薇の日々
<White × White
St. Valentine's Day>
『夢想と薔薇の日々 (Days of Rêverie and Roses)』は、あくまでもフィクションであり、実在する人物や事件とは一切無関係です。「夢想」は個人が有する自由な権利ですが、現実は現実としてきちんと区別なさったうえでお読みください。くれぐれも混同されないよう、よろしくお願いいたします。尚、当ブログ内の文章や作品の、無断転載・引用・コピーを固くお断りいたします。



「今年はバラじゃないかんね♪」



数日前にヨシキが唐突に言った。


…え?何が?何の話!?

「バレンタインデーだよお~♡」



なんだ。
まだそんなこと考えてたのか。


…いいよ気にしなくて。ヨシキがいたら毎日バレンタインみたいなもん!


本気でそう返したのに、ヨシキはまるで聞こえなかったかのように、俺の曲のワンフレーズを口ずさみながらピアノの部屋へ引っ込んでしまった。

一体何を企んでいるのだろうと思いつつも、それ以上は聞かずに──…今日がまさにそのバレンタインデーで。




゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜



昼メシのあと、ヨシキは


「ちょっと行ってくるね!」


と言って飛び出していった。


どうせ『どこへ?』なんて聞いたって今日は無駄なんだろうなぁと思って、黙って一言で見送った。


…早く帰ってきなよ、…待ってるから。






だけど、ヨシキが玄関のチャイムを鳴らしたのはもう7時近くで、さすがに心配になって電話しようかと思っていた矢先だった。


…おかえり!どこまで行ってたの!

「うん…ただいま…」


ヨシキは、きれいにラッピングされた花屋の包みを抱えていた。

靴を脱ぎもせずに、彼はその包みを持ち上げて俺に押し付けた。


「はい…」

…あは!ありがとー!

「…ううん」


彼は俺の顔を見ることもなく、他には何も話さなかった。
そして、薄いコートを着たまま静かに二階へ上がっていってしまった。



───あれ?なんか様子が…。

気にはなった。
でも、一生懸命買ってきてくれたのだから…と、まずプレゼントを見せてもらうことにした。

ビニール袋を外すと、小さな観葉植物の鉢植えが現れて。


…わあ!これって!すごいよヨシキ!


なんとその鉢からは、真っ白いハートのかたちをした葉っぱ(花かなあ?)がたくさん伸びている。
本当の葉らしいものは別に付いているから、やっぱり花か…ガクだと思う。


下に札が差してあった。



…アンスリウム?


へぇ。聞いたことない。


───ヨシキほんとにうれしい!きれいなハートがこんなにたくさん!!



俺は階段を駆け上がった。
ヨシキに、早くお礼が言いたかった。


…ヨシキ!


最後の段を上りきって叫んだとき、俺の目に飛び込んできたのは、フロアの隅にうずくまっている彼の姿だった。


…ヨシキ…?


コートを着たきり、彼は放心したような目をしてそこにいた。


…どした、具合悪い?

「…ううん」

…疲れたんだろ。下においでよ、あったかい紅茶入れる。

「…ううん、…いいの…」


…???


訳がわからない。
なんでここまで憔悴してるんだ?
あんなに浮かれて出かけていって。
あんなに素敵な贈り物──…。


…すごいね、ヨシキ今年のプレゼントは。びっくりしたよ!


話しながら、彼の冷たい手を握る。
耳もほっぺも鼻も、ほら、とっても冷たいよ?



…何か…あった?いやな思いでもしたの?

「ん~……いやっていうんなら、…全部…いや…」


ヨシキは床を見つめて言った。


…何言ってるんだよ、わかんないよそれじゃ。

「いい加減…もううんざり…」

…どういうこと?ちゃんと話して。

…うん?ヨシキ?


「あのね」


ためらうようにヨシキが言った。


「あんなの、あげたいんじゃなかった…」


…えっ!?


ヨシキは、自分の耳元に添えられた俺の手に、甘えるようなキスをしてこう続けた。


「あれ…ほんとはね。白じゃなくて、赤なんだよ…」

「赤い…ハート型が、いっぱい…いっぱい……」


いつもだったらとっくに泣いているところだ。
彼の眼差しが揺れて、涙をこらえているのがわかる。


「すごい…いいもの、みっけたと思ったんだ…これバレンタインデーのプレゼントにしよ、って」

…うん。


「けど。なんかやっぱ人気あったみたいで…。今日、、、あっちこっち探したけど、なかったの、白しか」

「吉祥寺まで見にいったんだけど、赤は、全部…なくて……結局…そこの新晴園で…白いの、、買って、きた」

…そ…、か。


「予約とか…しとけばよかったのに…ばかだよね~おれ…」


そこで、ついに一滴の涙がヨシキの目からこぼれて、一直線に頬を伝った。


どうしたらいいのか、わからなかった。
下手に手を出したら、またヨシキを後悔させて泣かせて終わりだ。
頑張ってるのに。


ヨシキは無表情なまま、それでも俺の手に頭を預けている。
涙にはかまわないで、って、彼の顔はそう言っていた。


…うん。話は…わかった。ちゃんと聞いたよ。


ヨシキは黙ってる。


…でも、ね。今日の主役の俺としては。こんな寒いとこにお姫様を放置しておくわけにはいかないんで。


ヨシキがふっと俺を見つめた。
やっと。


…これから強制送還。いい?ヨシキ。


返事を待たずに抱き上げた。
冷えた体が、素直にされるままになってる。

首に絡み付いてくる腕と、肩で鼻をすすり始める、…大好きな、恋人。


───うん。いいんだよ、それで。気持ちは、わかってるよ―…。







ヨシキを抱えて下に降り、コートを脱がせて椅子に座らせた。


…寒い?平気?
「うん…」


台所で、シナモンやクローブ、カルダモン…いろんなスパイスのきいた熱いミルクティーを入れる。
特別な日だから、シナモンはスティックもサービスで。


…はい、熱いけどおいしいよ。

「…ありがと」


ヨシキは、紅茶が冷めるのをしばらく待ち、ごくん、と飲んでは一休み、またごくん、と飲んでは一休み、と、一口ずつ時間をかけてカップ一杯を飲み干した。


それを見届けてから。



俺は、一か八かの勝負に出ることにした。

テーブルの上には、ヨシキが贈ってくれた植木鉢。
真っ白なハートが、ひらひら踊ってる。



…ヨシキ?

「は…い…?」


…思うんだけどね?よく聞いてよ?


ヨシキが体を強張らせたのがわかった。


…俺、白いのしかなかったのは、神様からの贈り物なんじゃないかって思う。

「……。」


…だって…こんな、真っ白なハート…ヨシキみたいでしょ?

「…?…どうゆう、こと?わかんない…」

…わかんないの?

「ぜんぜん…」


…知りたい…?

「……うん。。。」



ヨシキは自信なげに頷く。


俺は腰を屈めて、ヨシキの頬を包み込んだ。
彼はひどく驚いた様子だったけれど。



…ヨシキ。


俺は、彼の瞳をのぞき込んでから、とても深く、…キスをした。



「…っ!?」


失敗は、できなかった。


…ヨシキ、聞いて?

「……」


…このハートが白いわけはね。ヨシキの心みたいに…純粋無垢でさ、だから真っ白なんだよ。


「え…」


ヨシキが顎をひいて俺の目を見た。

俺は彼の戸惑いを敢えて受け流して、そのままキスを重ねていく。
彼に強く、言い含めるように。



…ヨシキはさ、…すんごくピュアで、


「トシ?」



…いつだって、とってもとっても眩しくて、


「…ちが…う」

…違わないよ。…いつでも、どこまでも…キラキラ輝いてて。

「と、し…っ」



彼が、むせるように泣き始めた。
その熱い唇で、俺の言葉に必死で応えようとして、泣いてる。

なんだか、まるで責められて困ってるみたい。


…そうやってね、ヨシキは…ずっと、ずーっと俺のことだけ考えて。

「とし…そん、な…」

…一生俺といっしょに、ふたりで生きてくんだから。

「トシ待ってよ…」

…やだ、待てない、大切なことなんだ。

「トシ…っ、待って、ねえおねがい…」


ヨシキの顔はいつのまにか涙でびしょぬれだった。
俺は少しだけ、ヨシキをキスの洪水から解放した。


…うん?キスいや?

「ううん!いや、じゃない!いやじゃないよ」


彼は首を横に振った。


…そう?じゃあ、俺の気持ち、わかった?


するとヨシキはまた目を伏せ、むせび泣いて言った。


「うん…もしほんとに…ほんとにね、トシがそう思ってくれてるならだけど…」


俺は微笑って返す。


…もちろん本当だよ。嘘なんか…つかない、こんなときに。

「なら……うれしい…白いハート、おれ?…うれしい」


ヨシキが袖で顔をゴシゴシこすった。
髪が乱れて頬に張り付いてる。


…そっか、うれしい?…よかった。


ヨシキの涙はもう、悲しみのそれじゃない。

ほっとしてヨシキの髪を撫でていたら、ヨシキが言った。


「…でもね、ちがうの。ちがうんだよ、言いたいこと。トシだよ…トシが…、、、」

…俺?俺が何?

「あの、…傷ついたらごめんね。でも…トシが、変」

…変?俺のどこが変?

「だって。トシ、泣いてる…よ?なんで…?どうしたの?トシ…?」



俺は、思わぬ自分の失態ぶりに苦笑した。
キミになんか言われなくてもわかってた。
さっきから手が震えてるし声もかすれてる。



…知らない、そんなの。すっごく、緊張してるからじゃん?


涙でぐしょぐしょのヨシキの頭を抱き寄せるしかなかった。


「緊…張、、、……?」


俺の腰の骨辺りに顔をくっつけたヨシキが、びっくりしたように声を上げる。


───仕方ないだろ?目の前の相手を落とせるか落とせないかの瀬戸際だったんだから……。


…うん。すっごく、緊張してるんだ…おかしい?

「うん…おかしいよ…おれのこと慰めてくれたんでしょ?なんでキンチョーするの?」


…(笑)、そのうち、わかるようになるよ、きっと。

「うん──…そう、かなぁ」




それから俺は、もう一度屈んで、愛しい恋人に新しいキスを贈った。
慰めるためのキスじゃなくって、祝福のキス。

ヨシキの手が、俺の肩をしっかりと抱きしめているのを感じながら、俺は「愛してるよ」ってささやいた。

ヨシキがくり返す、「おれも…あいしてる…よ?」って。



ふたりの涙が混じり合って、いっしょになってこぼれていく。

お互いの──…
それぞれの──…


切ない想いの…カケラたち。



───そんな今年の、WHITE×WHITE St. Valentine's Day............



86238751.jpgWHITE×WHITE St.Valentine's Day



《END》


懐かしすぎました、季節外れでごめんね!
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